2022.06.29
# 本 # 音楽

けむりのきみ ~マヒトゥ・ザ・ピーポーが贈る、燃え殻への“アンサーソング”~

『湯布院奇行』刊行記念
デビュー作『ボクたちはみんな大人になれなかった』がベストセラーとなり、Netflixでドラマ化、今秋には『すべて忘れてしまうから』のDisney+でのドラマ化など、送り出す作品が常に話題の作家・燃え殻。6月30日に発売となる最新刊は、2021年に成田凌・黒木華・コムアイという豪華キャストで上演された朗読劇『湯布院奇行』の原作書き下ろし小説です。

都会に消費された男がたどり着いた湯布院の宿。宿で働く二人の女と白濁した湯に幻惑され、彼はいつしか日常との境界を見失ってしまいます。

燃え殻が誘うそんなミステリアスな物語の世界を、唯一無二の音楽表現でカリスマ的人気を誇るGEZANのヴォーカル、マヒトゥ・ザ・ピーポーが読み解いてくれました。刊行を記念して、燃え殻の作品への“アンサーソング”ともいうべき、特別な創作をお届けします。
 

そういえば、あの人も「遠くに行きたい」って口癖みたいに何度も呟いていた。今になって思えばそれは死にたいって言葉と同じ意味で使ってたのかな。そんなことを思うと胸の奥を細い針で刺したような鋭角な痛みがピリリ、気づかないふりをしたくて窓を開けて青い風を招き入れた。

7つ年上のその人とはたいていの時間を過ごしたベッドは遊覧船のようで、ぷかぷか浮かんでは煙を吸って吐いて、体の境界がなくなるまで抱き合う。決まってそんな時間の果ては天井を見上げながらそんな台詞で終わった。「遠くにいきたい。」遠くってどこのことだろう?死はこんなにも近くにあるっていうのにさ。

またタバコに火をつけ、あの人が窓を網戸ごと開けた。すりガラスだったスペースが開き、飛行機が飛んでいくのが見える。わたしも彼女のそんな言葉に「うん」とその度に頷いたりして、でも、なんでその「うん」の後に行きたい場所をググったりスケジュール帳を見たりしなかったのか?そういう自分のめんどくさがりなところに心底飽き飽きしている。いや、でも今思い起こすと目的地なんて初めからなかったのだと思う。

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