株価が不安定だ。日経平均株価は大台の3万円回復を31年ぶりに成し遂げた後、一気に下落した。コロナ禍で経済環境は目まぐるしく変動し、株式市場にとって好材料ばかりがあるわけではない。しかし、株は上がれば下がるとアタマでわかっていても、強気相場で他人が株で儲かっているのを指をくわえて静観などしていられず、大金を投じる人も多いのではないだろうか。こういうときにどう行動すればいいのか、心理学・脳科学面から冷静に考えてみよう。スーザン・ケインの『内向型人間のすごい力 静かな人が世界を変える』(講談社+α文庫)から、ハイリスク投資の心得を3回にわたりお送りする。
株価大暴落が続く朝の電話
株価が大暴落した二〇〇八年のことだ。一二月一一日、午前七時三〇分にジャニス・ドーン博士の電話が鳴った。東海岸の市場がふたたび大殺戮の幕を開けていた。住宅価格相場が急落し、債券市場は凍りつき、〈ゼネラルモーターズ(GM)〉は破産の瀬戸際だった。
いつものように寝室で電話を受けたドーンは、緑色の羽根布団の上でヘッドホンをつけた。殺風景な部屋のなかで、豊かな赤毛に象牙色の肌、成熟したレディ・ゴディヴァを思わせるドーンは、なによりも色彩豊かな存在だ。ドーンは神経科学の博士号を持ち、専門は脳神経解剖学。精神科の専門医でもあり、金の先物取引の有力なトレーダーでもあり、そのうえ、〈経済精神科医〉として約六〇〇人のトレーダーのカウンセリングをしている。
「やあ、ジャニス! ちょっと話をしたいんだが、いいかな?」その朝電話してきたアランという名前の男性が尋ねた。そんな時間はなかった。三〇分に一度は必ずトレーディングをすることにしているので、今日も早くはじめたかった。だが、アランの声にはどこか必死な響きが感じられたので、彼女はどうぞ、と答えた。
アランは六〇歳の中西部人で、仕事熱心で忠誠心に溢れた、世の模範たる存在という印象の人物だ。外向型特有の陽気で独断的なタイプの彼は、悲惨な話をしようとしているにもかかわらず快活な口調だった。アランと妻は引退するまでしっかり働いて、一〇〇万ドルもの老後資金を貯めた。だが、四ヵ月前、米政府が自動車業界を救済するかもしれないという話をもとに、株売買の経験がまったくないにもかかわらず、GMの株を一〇万ドルも買うことを決めた。絶対に負けない投資だと確信していた。