ゴルゴーン三姉妹の有名な三女にちなんで
ギリシア神話に登場する魔物「ゴルゴーン三姉妹」の三女であるメドゥーサは、姉2人(ステンノー、エウリュアレ)とは違って不老不死ではない代わりに、ポセイドンに愛されるほどの美貌に恵まれていた。
しかし、その傲慢な態度ゆえに女神アテナの怒りを買い、蛇の髪をもち、その目で見たものを石に変えてしまうほどの恐ろしい形相に変えられてしまう。あまつさえ、ペルセウスによって切り落とされたメドゥーサの首は哀れにも、アンドロメダを襲おうとする怪物を石にするための狂言回しにされてしまう。
ギリシャ神話の神々というのは、驚くほど不寛容で、彼らこそ嫉妬の塊なのではないかと思えるほどの、どぎつい罰を下してくるものである。果たしてメドゥーサは、ほんとうにそれほどの罰を受けなければならないような悪事をはたらいたのだろうか。
……とまあ、神話にいちゃもんをつけても仕方がないわけだけれども、「メドゥーサ」という単語で画像検索をすると、その多くが切断面から血を滴らせた虚ろな表情の「首」をモチーフにしたものが多数ヒットする現状(ゲームか何かのキャラクターも数多し)に鑑みて、私はメドゥーサに大いなる同情を禁じ得ないのである。
だからといって、私たちが2019年に日本の自然水から分離したウイルスに「メドゥーサウイルス」という名前をつけたのは、メドゥーサへの同情が昂(たかぶ)ったからではない。
ではなぜか? その由来は、いま少しお待ちいただくことにしよう。
まったく新しい系統のウイルス
メドゥーサウイルスは、核細胞質性大型DNAウイルス(NCLDV)とよばれるDNAウイルスの中の一群に属する、まったく新しい系統のウイルスだ。このNCLDVの中に、いわゆる「巨大ウイルス」とよばれる面々が打ち揃っている。
メドゥーサウイルスは、そのどれにも属さないため、私たちはこれを新たな科、すなわち「メドゥーサウイルス科」として提案しようと思っている。論文では「提案する!」と書いたのだけれども、実際にはICTV(国際ウイルス分類委員会)への提案手続きが面倒くさくて、まだしていない。
巨大ウイルスの仲間だとはいっても、メドゥーサウイルスの粒子の大きさは260ナノメートル程度であって、巨大ウイルスの中でも著名な「ミミウイルス」(500~800ナノメートル)の半分以下であり、「パンドラウイルス」(1マイクロメートル)の4分の1程度であるから、目に見えて「デカっ!」と驚くほどの大きさではない。また、その形状も典型的なウイルスの形である正二十面体であったがために、クライオ電子顕微鏡で初めてその姿を見た瞬間の脱力感「な~んだ」を、今でもはっきりと覚えている。
しかし、そのゲノムを調べ、さらに宿主の細胞の中で複製するようすを見て、「お、これは……!」と思い直したのと同時に、その孤独さに涙した(ごめんなさい、涙はウソ)。
ゲノムというのは、その生物がその生物であるために必要なDNA、すなわち体の設計図(遺伝情報ともいう)の全体を指していう言葉である。ゲノムの中に、たくさんの遺伝子があって、それらがその生物の形や性質を決めている。
このことは、それ自体は生物ではないウイルスにもあてはまり、それぞれのウイルスにはそれぞれのゲノムがある。もちろん生物でもいえることだが、ウイルスのゲノムを調べれば、そのウイルスの“来歴”がわかる場合があり、場合によっては、どのような生物に感染を繰り返してきたのかがわかったりもする。
メドゥーサウイルスのゲノムにもまた、そのような“来歴”、いや、正確にいえば“来歴かもしれない遺伝情報”が残っていたのである。