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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策福島県金融経済懇談会における挨拶要旨

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日本銀行政策委員会審議委員 鈴木 人司
2020年12月3日

1.はじめに

日本銀行の鈴木でございます。本日は、新型コロナウイルス感染症の影響が続く中、オンライン形式ではありますが、福島県の行政、金融・経済界を代表する皆様方とお話しするこのような機会を賜り、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃より日本銀行福島支店の様々な業務運営に多大なご協力を頂いております。この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

本日の懇談会では、まず私から経済・物価情勢と日本銀行の金融政策についてご説明申し上げたうえで、福島県の経済についても触れさせて頂きたいと思います。その後、皆様方から、福島県の実情に則したお話や日本銀行の政策運営に対するご意見などを承りたく存じます。

2.最近の経済・物価情勢

海外経済の動向

まず、海外経済についてお話ししたいと思います。海外経済は、大きく落ち込んだ状態から持ち直しています。すなわち、欧米を中心にロックダウンなどの措置が取られた多くの国で4~6月期の成長率は大幅なマイナスとなりましたが、そうした国々では、経済活動が再開される中でペントアップ需要の顕在化や挽回生産の効果もあり、7~9月期には大幅なプラス成長に転じました。先行きについても、感染症の影響が徐々に和らぐもとで、各国・地域の積極的なマクロ経済政策にも支えられる形で、海外経済は改善を続けるものとみています。もっとも、足もとでは欧米での感染再拡大が深刻になっており、本年を通してみると多くの国・地域がマイナス成長となるとみられるほか、有効な治療薬やワクチンが開発され人々に行き渡るまでは、企業や家計の感染への警戒は続くものと考えられることから、改善のペースは緩やかなものにとどまるとみられます(図表1)。

国内経済の現状

以上のような海外経済の状況を踏まえたうえで、わが国の経済・物価情勢についてお話しします。わが国の景気は、内外における感染症の影響から引き続き厳しい状態にあるものの、経済活動が再開するもとで、持ち直しています。実質GDPは、緊急事態宣言が発令されるなど感染拡大の影響を特に大きく受けた本年4~6月期に前期比-8.2%と、比較可能な1980年以降で過去最大のマイナス成長となりましたが、内外において経済活動が再開するもとで、7~9月期はプラス成長に転じています(図表2)。

輸出は、海外経済が持ち直す中、増加しています。特に自動車関連は、米欧中の各地域での自動車販売が回復したことで、部品や素材等の生産にもプラスの効果が波及してきています。また、情報関連の輸出についても、テレワークにも関連するデータセンター向けやパソコン関連が堅調です。さらに、世界的に設備投資が先送りされる中で減少してきた資本財の輸出も、足もとでは下げ止まっています。

個人消費は、全体としては徐々に持ち直しています。もっとも、財の消費とサービスの消費では回復のペースに差が生じています。財については、家電や乗用車などの耐久財は特別定額給付金の支給やペントアップ需要にも支えられてきましたし、非耐久財についても食品や日用品は巣ごもり消費の拡大を背景に底堅さを維持しています。他方で、飲食・宿泊等のサービス消費は、緊急事態宣言が発令されていた4~5月を底に持ち直しに向かっていますが、依然として低水準となっています。秋以降は、Go Toキャンペーンなどの需要刺激策の効果もあり、飲食・宿泊等でも明るい話題が増えてきていたのですが、ここにきて感染が再拡大しており、その影響が懸念されるところです。先行きについても、個人消費は全体として持ち直しが続くとみられるものの、高齢者を中心に感染症への警戒感は根強いことから、外食や個人向けサービスを中心に、そのペースはかなり緩やかなものにとどまる可能性が高いとみています。

このように、輸出や財消費は回復してきていますが、その一方で、飲食・宿泊等のサービス業を中心に感染症の影響が長期化する中で、設備投資や雇用・所得環境には下押し圧力がかかっています。

設備投資は、感染症の影響による企業収益の悪化や先行き不透明感を背景に減少傾向にあり、飲食・宿泊業による店舗や宿泊施設の建設投資などを中心に、当面はこうした傾向が続くとみられます。そうした中でも、ソフトウェア投資は堅調を維持しており、9月短観における2020年度のソフトウェア投資計画は6月時点の調査から上方修正され、通信業や情報サービス業、小売業などを中心に前年比も高めの水準となっています(図表3)。この背景には、感染症以前からの経営効率化、省人化投資の流れが継続していることや、感染症の影響が長期化する中で、企業がEコマースやテレワークなどの成長分野への設備投資に積極的になっていることが考えられます。

雇用に関しては、短観の雇用人員判断DIは製造業や宿泊・飲食サービスで「過剰」超となっているほか、有効求人倍率の低下や失業率の上昇など、弱さが現れてきています(図表4)。また、賃金についても、労働時間の減少に伴い所定外給与が減少しているほか、企業収益に対し半年程度遅れて変動する賞与も、今期は厳しいものになるとみられます。

物価の現状

続いて、わが国の物価情勢についてご説明します。生鮮食品を除く消費者物価(コアCPI)の前年比は、このところ伸び率が低下し、10月は-0.7%となっています(図表5)。こうした消費者物価上昇率の低下には、既往の原油価格下落の影響や、宿泊料や外国パック旅行費等の下落、景気感応的な食料工業製品の上昇率鈍化や被服の下落等が寄与しています。また、Go Toトラベルによる割引を反映した宿泊料の下落や、昨年実施された消費税率引き上げの影響の剥落という要因もあります。マクロでみますと、需要と供給力のバランスを示す需給ギャップは、4~6月期に大幅に落ち込んだ後、製造業を中心に持ち直しに向かうものの、感染症の影響により非製造業の労働時間や資本稼働率に下押し圧力がかかるもとで、大きめのマイナスで推移すると予想されます(図表6)。こうした中、企業や家計による先行きの物価に対する見方、すなわち中長期的な予想物価上昇率も弱含んでいます(図表7)。

その一方で、値下げにより需要喚起を図る動きが広範化しているようには窺われません。その背景には、対面型サービスのように消費者の感染症への警戒感により需要が減少している状態では値下げによる需要増加は見込めないことや、混雑回避のために利用者数の制限を実施しているもとで一段の採算悪化に繋がる値下げは行いにくいという要因があるとみられます。

国内経済の先行き

先行きのわが国経済については、経済活動が再開し、感染症の影響が徐々に和らいでいくもとで、緩和的な金融環境や政府の経済対策の効果にも支えられる形で、改善基調を続けていくとみています。もっとも、世界的に感染症の影響が残る中、企業や家計の警戒感が続くことから、回復のペースは緩やかなものにとどまると考えられます。その後は、世界的に感染症の影響が収束していけば、海外経済が着実な成長経路に復していくもとで、わが国経済は改善を続けていくとみています。こうした見通しを、10月の「展望レポート」における政策委員の大勢見通しでみると、2020年度は-5.6~-5.3%、2021年度は+3.0~+3.8%、2022年度は+1.5~+1.8%となっています(図表8)。

物価の先行き

次に、物価の先行きについてです。コアCPIの前年比について、10月の展望レポートにおける政策委員の大勢見通しをみますと、2020年度は-0.7~-0.5%、2021年度は+0.2~+0.6%、2022年度は+0.4~+0.7%となっています(図表8)。その背景は次のとおりです。

まず、目先は、先ほど触れたように、エネルギーや旅行関連等が感染症による影響を受けることが予想されます。このほか、景気感応的な食料工業製品や耐久消費財、被服、外食等の価格にも、次第に下押し圧力が及んでいく可能性が高いと考えられます。また、大手キャリアの価格設定スタンスや業界内の競争環境の影響を受ける携帯電話関連も、弱めの動きが続くとみられます。

もっとも、その後は、感染症の影響が和らぎ、わが国の経済が改善するもとで、物価上昇に向けた動きも先々戻ってくるのではないかと考えています。すなわち、原油価格下落やGo Toトラベルの影響が剥落するほか、需給ギャップの改善を受けて景気感応的な財・サービスの価格上昇圧力が徐々に高まっていくとみられます。そうした中、中長期的な予想物価上昇率も再び高まっていくと考えられます。

経済・物価のリスク要因

もっとも、こうした経済・物価の見通しについては、不透明感がきわめて強い状況が続いています。特に、感染症による内外経済への影響については、引き続き慎重に注視していく必要があります。すなわち、有効な治療薬やワクチンが開発され人々に行き渡るまでは、世界的な感染症の流行がどのように展開していくか、感染症の収束までにどの程度の期間を要するかについて、非常に不透明です。また、感染症への警戒感が続く中、価格設定を含め、企業や家計の行動がどのように変化していくか、という点でも不確実性があります。さらに、感染症の影響が想定以上に大きくなった場合には、実体経済の悪化が金融システムの安定性に影響を及ぼし、それが実体経済へのさらなる下押し圧力として作用するリスクもあります。

3.金融政策運営

感染症拡大の影響を踏まえた金融緩和の強化について

次に、日本銀行の政策運営についてお話ししたいと思います。世界的な感染症の拡大に伴い、内外金融資本市場が不安定となるとともに、売上や収益の減少により企業の資金繰りが悪化するなど企業金融面で緩和度合いが低下した状況を踏まえ、日本銀行は、3月以降、金融緩和強化策を講じてきました。これは、企業の資金繰り支援と金融市場の安定維持を目的としたもので、「3つの柱」に整理することができます(図表9)。以下、順にご説明したいと思います。

1つ目の柱は、資金繰り支援の「特別プログラム」です。これは、約20兆円のCP・社債等の買入れ枠と、金融機関の貸出を促すための約120兆円規模の資金供給手段の導入からなるものです。後者には、金融機関の行う中小企業向けの貸出について、政府が信用リスク等をカバーするとともに、日本銀行が有利な条件でバックファイナンスするスキームが含まれています。

次に、2つ目の柱である円貨および外貨の潤沢な供給です。これは、わが国債券市場の安定を維持し、イールドカーブ全体を低位で安定させる観点から、金額に上限を設けずに必要な金額の日本国債を買入れることを明確にするとともに、主要6中央銀行の協調にもとづき多額のドル資金を供給するというものです。

最後に、3つ目の柱である、ETFおよびJ-REITの積極的な買入れは、金融市場の不安定な動きなどが、企業や家計のコンフィデンス悪化に繋がることを防止し、前向きな経済活動をサポートすることを目的としたものです。

これら3つの柱からなる政策は、これまで有効に機能してきていると評価しています。すなわち、金融市場は、依然として神経質な状況にあるものの、ひと頃と比べて緊張は和らいでいます。また、企業の資金繰りには厳しさがみられますが、民間金融機関による積極的な金融仲介機能の発揮も相まって、銀行借入やCP・社債といった外部資金の調達環境は緩和的な状態が維持されています。

「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」について

感染症拡大の影響を踏まえ、日本銀行は、ただいま申し上げたような金融緩和の強化を図ったわけですが、それ以前に、2013年の「量的・質的金融緩和」の導入以降、7年半超にわたって強力な金融緩和を推し進めてきています。この中で、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続することとしています。長短金利操作、すなわちイールドカーブ・コントロールは、「物価安定の目標」に照らし最適と考えられる金利の期間構造の形成を促すものです。具体的には、日本銀行が金融機関から受け入れている預金の一部に-0.1%のマイナス金利を適用するとともに、10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう長期国債を買い入れることとしています(図表10)。

こうした強力な金融緩和を粘り強く続けてきた結果、昨年頃までは、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、わが国経済は拡大基調を続けてきましたし、物価面でも、生鮮食品とエネルギーを除いた基調的な消費者物価の前年比は、7年にわたってプラス基調を続けていました。しかし、残念ながら、感染症により「物価安定の目標」に向けたモメンタムはいったん損なわれ、金融緩和の一層の長期化が想定されることとなりました。

4.低金利環境の長期化が見込まれる中での金融政策

このように強力な金融緩和のもとで低金利環境が長期間続くことで、その効果が現れてきていたわけですが、一方で、「量的・質的金融緩和」の導入から7年半が経ったものの、先行きのコアCPI上昇率の見通しは2022年度でも+0.7%程度と目標値からは遠く、金融緩和のさらなる長期化が確実な情勢です。このように物価上昇により多くの時間を要するとみられる背景には、需給ギャップによる下押し圧力が当面働くことや、消費者物価の上昇率がマイナスで推移するとみられる中、適合的期待形成を通じて中長期予想インフレ率が弱含むことなどがあります。そうしたものに加え、国民生活の目線から私が注視していることを3点お話ししたいと思います。

物価上昇を抑制しうる要因

1点目は賃金についてです。連合の発表によると、本年の春闘において7年連続のベアが確保されました。しかし、その水準は7年間の平均でも約0.5%と、「物価安定の目標」と比較すると小幅にとどまっています。感染症の影響により企業収益が悪化している中、残念ながら来年度に賃上げのペースが勢いを増す可能性は高くないと見込まれます。また、先ほども触れたように、冬季賞与も厳しいものになるとみられることもあり、賃金には当面下押し圧力が続くと考えられます。加えて、一律的な定期昇給に代えて業績評価を導入する動きや、終身型雇用からジョブ型雇用への移行などによる雇用流動化の動きが拡がりつつあります。こうした動きは、企業やわが国経済が生産性を高めていくうえで、中長期的には望ましく、また必要なものでもあります。しかし、その一方で、年齢を重ねるごとに賃金上昇を安定して実感できる制度が失われていくことが、平均賃金や消費性向に対してマイナスの影響を及ぼすことがないか、気懸りな面もあります。

2点目は、地価の下落です。9月に発表された基準地価は、全国平均で前年比-0.6%と3年ぶりの下落に転じました。感染症の影響による訪日客の激減や、外出自粛が原因と言われています。土地は株式よりも総資産額が大きいことに加え、個人による保有の割合も高いことから、消費者マインドへの影響が心配されるところです。

3点目は、多くの消費者が予期せぬ所得減少に直面したことが、先行きのマインドに及ぼす影響です。これまで、若年層や中年層にとっては将来に十分な年金を受け取ることができないかもしれないという年金不安が、高年齢層にとっては、医療費の増加や、想定以上の長生きによって貯蓄が不足する「長寿リスク」が、それぞれ消費の抑制に繋がっている可能性が指摘されてきました。今回のコロナ禍を経て、感染症拡大等の影響により予期せずして将来の所得が減少するリスクが新たに加わってしまったことで、家計の貯蓄性向がさらに高まり、消費の下押し圧力となることが危惧されるところです。

金融緩和の持続力・柔軟性

このように、感染症の影響もあり「物価安定の目標」の達成までにより多くの時間を要すると見込まれる状況にある中、今後の金融政策運営に当たっては、金融緩和の持続力・柔軟性が改めて重要になってくるものとみています。こうした観点から、私が考えていることをお話ししたいと思います。

金融緩和政策が効果を持続していくうえでは、金融システムの安定が不可欠です。私はこれまで、金融政策運営に当たっては「物価の安定と金融システムの安定を両立させる」という視点が特に重要であるとの考えを繰り返し強調してきています。これは、金融危機を通じて明らかとなったように、ひとたび金融システムが不安定化してしまうと、そのもとで物価の安定を確保することは非常に困難であり、手遅れになってしまうためです。

これまでのところ、日本銀行や政府の政策対応に加え、金融機関が資本・流動性の両面で相応に充実した財務基盤を備えていたことから、円滑な金融仲介機能が発揮されています。しかし、貸出金利の低下や信用コストの増加によって、今後金融機関の経営体力がさらに低下していくと、金融仲介機能の円滑な発揮が妨げられ、実体経済にも下押し圧力が及ぶリスクがあります。

この点、貸出金利については、地域における人口や企業数の減少により新たな資金需要が限られるもとで低金利環境が長期化する中、金融機関同士の競争の激化もあり、きわめて低水準となっています。さらに、企業の資金繰り支援として現在行われている無利子・無担保の貸出は、感染症による影響が収束した後も含めて、今後実行される一般の貸出に対してスプレッドの下押し圧力となる可能性がある点には留意が必要です。

また、信用コストについては、感染症で資金繰りが悪化した企業を金融機関が積極的に支援していく中で、そのうちの一定割合が不良債権化することで、増加していく可能性があります。これまでのところ信用コストの発生状況は、リーマン危機後に生じたものほど深刻な状況にはなっていないようですが、感染症が企業の売上や収益に与える影響が長期に及ぶ可能性もある中、引き続き注意が必要です。さらに、感染症の拡大以前から、金融緩和の長期化により貸出利鞘や国債での運用利回りが低下する中で、金融機関が、信用リスクが相対的に高い企業への貸出や高リスクの海外資産への投資を積極化する動きがみられていたことも、先行きのリスク要因とみています。

このような状況の中で金融機関が財務の安定性を維持していくうえでは、超長期金利の動向が重要となってきます。すなわち、金融機関は、預金や日本銀行のオペ等を用いて資金を調達し、貸出や国債等でその資金を運用しています。その際、短期の調達と長期の運用という、調達と運用の期間の差が基本的な収益源となります。やや専門的な言葉になりますが、「Asset Liability Management」という考え方のもとでは、この差は金利変動リスクに該当し、銀行はこのリスクを取ることで、収益を得ています。金融機関は貸出を増加させていますが、長期固定金利での貸出の割合は一般的にそれほど大きくないことから、満期の長い国債を保有する動機は強いと考えられます。

イールドカーブ・コントロール導入の背景には、イールドカーブの過度なフラット化が、広い意味での金融機能の持続性への不安感をもたらすことや、年金・保険の運用難などを通じて消費者マインドに悪影響を及ぼすことを避ける目的もありました。その後、半年程度かけて超長期金利は上昇しましたが、足もとでは当時よりもやや低い水準となっています。10年物国債金利はゼロ%程度を維持しつつ、イールドカーブの超長期の部分が緩やかなペースでスティープ化していくことは、金融機関の運用収益の改善に繋がり、金融緩和の長期化と金融システムの安定の両立の観点からも望ましいのではないかと考えています。

次に、資産買入れ策の持続力・柔軟性についてお話ししたいと思います。日本銀行では、「物価安定の目標」を実現するための政策枠組みの一つの要素として、株式市場やREIT市場のリスク・プレミアムに働きかけることを通じて、経済・物価にプラスの影響を及ぼしていくことを目的として、ETFやJ-REITの買入れを行っています。こうした買入れは、金融市場の不安定な動きなどが、企業や家計のコンフィデンスの悪化に繋がることを防止することにより、企業や家計の前向きな経済活動をサポートする効果を発揮してきました。今般の感染症の影響により金融市場が不安定化した局面でも大きな役割を果たしたことは、さきほどご説明したとおりです。また、「物価安定の目標」の実現になお時間を要する中、ETFやJ-REITの買入れは、引き続き必要な措置です。感染症の影響もあり、金融緩和のさらなる長期化が展望される中、資産価格のリスク・プレミアムへの適切な働きかけが真に必要なタイミングでの買入れが困難になることのないよう、政策の持続力・柔軟性を高める工夫の余地を探っていく必要があると考えています。

成長率を高めていくために

このように、金融緩和の長期化が展望される中で政策の持続力・柔軟性を高めていくことが重要となってきていると考えているわけですが、同時に「物価安定の目標」の達成に向けて、わが国の成長力を高めていくことも重要です。この点、「社会や企業が成長戦略の実現により経済構造を変化させることを通じてわが国の経済成長率を高めていくうえで、金融政策はどのような貢献ができるか」という視点も重要になってきていると考えます。

感染症の影響による落ち込みから回復していく過程にあるわが国の経済にとって、当面は、政府や日本銀行が現在行っている様々な施策により、企業の事業継続と雇用維持を支えていくことが不可欠です。もっとも、その過程では、生産性の低い事業がそのままの形で維持されたり、本来であれば廃業しているはずの非効率な企業までもが延命されたりすることで、長い目でみて、わが国経済の生産性の伸びに重しとなるという副作用が生じる可能性もあります。このため、デジタル化や労働市場の流動化などの推進に向けて社会が変化していくことや、企業が確りとした成長戦略を描き生産性の高い事業に資本を振り向けていくことの重要性が一層高まっていくものと思います。

感染症拡大以前より、少子高齢化などの構造的な課題を抱えるわが国にとって、潜在成長率の趨勢的な低下は大きな課題でした。感染症により、わが国経済は大きな痛手を被りましたが、感染予防を意識した生活様式に対応したビジネスが拡大していることやリモートワークの普及が加速していること、またそうしたことも背景にデジタル化推進の機運が高まっていることなどは、中長期的な視点に立てば、成長率を高める方向にわが国の経済を変化させていく原動力にもなるものと考えられます。

日本銀行としても、当面は企業等の資金繰り支援と金融市場の安定維持のための金融政策に全力を注ぐ必要がありますが、中長期的には、わが国の社会や企業による構造改革や成長戦略を金融面で支えていくことも大切です。その際、緩和的な金融環境を維持することで、企業がリスクを取って変化に挑戦できる基盤を維持していくことはもちろんですが、同時に、金融機関の目利き力や市場メカニズム等を通じて、成長分野への企業の投資を促すことで潜在成長率を高めていくという視点も重要であると考えています。

5.おわりに ―― 福島県の経済について ――

最後に、福島支店を通じて承知している情報も踏まえ、福島県の経済についてお話ししたいと思います。

東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故から、来年3月で10年を迎えようとしています。この間、避難指示区域の解除が順次進んでいるほか、本年3月には震災以降不通となっていたJR常磐線が全線運転再開されるなど、生活環境の整備や社会インフラの復旧などにより、震災からの復興が進展しています。一方で、いまだに3万6千人を超える方々が避難生活を余儀なくされているほか、廃炉への長い年月を踏まえると復興は道半ばともいえると思います。

また、福島県では、昨年の東日本台風とその2週間後に発生した大雨により、人的被害に加え、郡山中央工業団地をはじめ、県内の幅広い産業が甚大な被害を受けました。本年10月には、台風の影響で一部区間が不通となっていた阿武隈急行が全線で運行再開するなど復旧の動きもみられておりますが、いまだに事業の全面再開を果たせていない被災企業も存在しており、台風被害からの復旧も途上にあります。この間の福島県の皆様方のご尽力に心から敬意を表します。

こうした中、足もとの福島県の景気は、感染症の影響を主因に厳しい状態にありますが、徐々に持ち直しつつあります。県内総生産の4分の1を占める製造業では、感染症による下押しの影響はあるものの、ペントアップ需要もあって自動車関連の受注が回復しています。県内でウエイトが高いハイテク関連産業においては、5G基地局やデータセンター向け製品などで引き合いが強まっており、全体として持ち直しの動きがみられます。また、設備投資には弱めの動きがみられますが、東日本大震災・東日本台風等の復興・復旧関連工事が増加しており、雇用や景気を下支えしています。外食や旅行等の対面型サービス業など、業種によってばらつきが大きい状況にはありますが、Go Toキャンペーンなどの需要刺激策の効果もあって、個人消費も全体としては持ち直しつつあります。

先行きについては、全国と同様に、経済活動の再開に伴い改善基調を続けていくとみられますが、感染症の流行状況や企業・家計の行動変化など、福島県経済に与える影響を慎重にみていく必要があります。また、東日本大震災・東日本台風等からの復興・復旧関連需要のピークアウトの影響にも留意が必要です。

さて、先ほど、わが国の経済にとって、成長率を高めていくことの重要性についてお話しさせていただきましたが、この点について、福島県は大きな可能性を秘めていると感じております。浜通り等では、「福島イノベーション・コースト構想」が展開され、ロボット・ドローン、エネルギー・環境・リサイクルなど、様々な分野で新たな産業基盤の構築に向けた取組みが進められています。また、中通りでも、医療機器の開発から事業化まで産業集積を目指す「ふくしま医療機器開発支援センター」が郡山市に整備されているほか、会津地方では、最新のデジタル技術とデータを活用したスマートシティの推進など、各地において様々な取組みが進められています。こうした新しい技術を取り込んで、産業や新しい価値の創造、利便性向上などを目指す取組みは、福島県のみならず日本全体の成長率を高めていくヒントになり得るものと期待しています。

来年実施される東京オリンピックでは、Jヴィレッジが聖火リレーの出発地となるほか、福島市ではソフトボール競技と野球競技が開催される予定です。これを機に、福島県の復興はもちろん、福島県における先進的な取組みについても内外にアピールしていただき、福島県経済がますます発展していかれるよう「エール」をお送りして、私の挨拶とさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。