2018.08.17
# 本

小説を「生き残れるメディア」にするために…ある小説家の挑戦と決意

作家・塩田武士インタビュー

新聞業界について書きながら気づいたこと

「小説が売れるにはどうすればいいか、小説の世界に注目してもらうにはどうすればいいか、どんな新しいことができるだろうか……作家として生き残るために、常にそのことを考えています」

グリコ森永事件を題材にした長編ミステリー小説『罪の声』が18万部、出版界の内情を描いた『騙し絵の牙』が7万部のヒット。勢いに乗る作家・塩田武士に内外から注目が集まるのは当然だ。

ただし、それは単に彼の小説が売れているから、ではない。

『罪の声』では新聞記者時代に培った取材力を活かして、グリ森事件を徹底的に洗い直し、独自の結論を導き出した。作品そのものが持つ迫力に加え、発売後はツイッターを中心としたSNSやYouTubeを活用したプロモーションを行ったことが話題になった。

一方の『騙し絵の牙』では、人気俳優・大泉洋を「主人公」に起用した手法がセールスにつながった。「斬新なアイデア」を取り入れ、小説の新たな広め方に挑戦する。ゆえに、塩田武士に注目が集まるのだ。

その塩田の新作が発売された。新聞社とネットメディアを舞台にしたミステリー小説『歪んだ波紋』。販売不振やメディア不信で新聞業界の足元が揺らぐなか、「誤報」を軸に、記者たちの葛藤が描かれる作品だ。

新聞業界の内情を取材する中で、塩田は改めて気づいたことがあるという。  

「小説が消滅するかも」17万部作家が、いま抱いている危惧』から一年、改めて塩田に話を聞いた。

 

「心の弱さ」を描きたかった

――出版界の内情を描いた前作『騙し絵の牙』は、版を重ねて、発売から一年で7万部となりました。『罪の声』に続いて、2作連続でヒット作を輩出したわけですが、作家・塩田武士は「ヒットの法則」を見つけたのでしょうか。

塩田:いやいや、二作程度ではまだまだヒットを語れないですよ(苦笑)。ただ、まったく自分の小説が売れなかった頃に比べれば、自分を取り巻く環境が随分好転してきたな、とは思います。

おかげさまで『騙し絵の牙』は映画化も進んでいて、少しずつではありますが、自分の名前がエンタメの世界、芸能の世界でも引っ掛かるようにはなってきたのかな……という感触もあります。

自分の小説がドラマや映画の原作候補に挙げられるようになったのは素直に嬉しいですね。テレビや映画だけでなく、NetflixやAmazonプライムといった配信元が増えたことで、いま、世の中に輩出される「作品」の数は増え続けています。必然、「原作」に対するニーズも高まっていて、映像化できる原作はないかと探している人が増えている。いわば「原作飢餓」とでもいうべき状況が生まれています。

その中で、『罪の声』『騙し絵の牙』がヒットしたことで「塩田武士は一応、チェックしておこう」ぐらいには思ってくれるようになったようです。これは大きな変化です。もちろん、『塩田の小説だから読もう』という読者の方が増えてきているなという実感もあり、その点では、作家を続けてきてよかったと素直に思っています。

――『騙し絵の牙』で出版界の危機を描いた塩田さんの新作が、新聞業界の危機を描いた本作『歪んだ波紋』です。新聞社やニュースメディアに勤める記者の視点から、「誤報」「記者の倫理」「販売不振」といった、新聞業界を取り巻くさまざまな問題点が明かされます。

塩田:新聞業界の内幕を暴いている部分もあるんですが、実は本作のテーマは「人間の心の弱さ」です。フェイクニュースが世に蔓延して、実生活にまで影響を与えるようになったいま、記者たちは『情報』や『真実』にどう向き合っているのか、あるいは意図的にフェイクニュースを作る人たちは、何を考えているのか……そういったことを自分なりに突き詰めて考えて、登場人物にその苦悩を負わせました。

いま、ネットメディアの数が爆発的に増えています。新聞のような調査報道を志向しているメディアもあるけれど、なかには真実なんてどうでもよくて、読者にウケればそれでいいと考えているようなメディアもある。実際、硬派な調査報道よりも、そういう類の「ネタ記事」「フェイク記事」のほうがよく読まれる、ということが起こっています。

そんな中で、新聞社で働く記者の心は大いに揺らいでいます。たったひとつの事実確認……たとえば人物の年齢や住所といった細かな部分の事実確認に、どこまで時間をかける必要があるんだ。「与えられた情報」をそのまま記事にしてもいいのか。他紙よりも一時間早く報じる競争に、なんの意味があるのか――。

ひとつひとつの事実の積み上げこそが、新聞社の最大の武器である「信頼」につながっているはずなのに、記者たちが、その根幹に疑問を持ち始めている。「ネットメディアは、不正確な情報を流しているのに、なんだか調子がよさそうだ。俺たちはいつまで、小さなことの確認に時間をかけているんだ。いつまで速報争いをしているんだ」といったように、です。

登場する記者の中には、そのことに苛立ってネットメディアに転身するものもいれば、意図的に事実確認を怠り、「誤報」を出してしまう者もいる。みんな、どこかに心の弱さを抱えているんです。

この作品を通じて描きたかったのは、時代が劇的に変化するなかで、人々の中に生じる「心の弱さ」です。自分たちが信じていたものが揺らぐとき、人の心には不安や怖さといった弱さが現れる。新聞社を舞台にしてはいますが、人間の根っこにある弱さについて、読者に問いかける小説になったと思います。

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