中小企業の円滑な事業承継を後押しするため、中小企業庁は『事業承継ガイドライン』という資料を公表しています。事業承継ガイドラインは、中小企業の経営者が事業承継対策を行う上で示唆に富む内容となっています。今回は、その中から特に従業員承継の課題と対応策を取り上げてポイントを解説したいと思います。

従業員承継とは?

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(写真=turgaygundogdu/Shutterstock.com)

会社は子どもが継ぐものと考えている経営者の方は少なくありません。しかし昨今、親族外による会社の承継も増えつつあります。

親族外による事業承継の一つのかたちとして、従業員承継があります。従業員承継とは、自社の役員や従業員を会社の後継者とすることです。会社の業務を熟知した役員や従業員が次世代の経営者となることは、会社経営という観点からも合理的な選択に思えますが、そこには課題もいくつか存在します。

経営者としての自覚など

従業員は会社の業務に精通はしているものの、その立場はあくまでも被用者です。従業員とオーナー経営者とでは、経営に対する視点が異なります。そのため、事業承継を考える際、後継者となる従業員には、自身のリスクと責任をもって経営にあたることを自覚してもらう必要があります。

その具体的な方法として、現経営者との対話を通じて当事者としての自覚を促すことが考えられます。また、早いうちから管理職や役員に登用して、経営者目線で業務を遂行できるよう育成することも有用です。

従業員が後継者となった場合、前経営者の親族から理解や協力を得られないことも想定されます。特に、自身が後継者になるつもりでいた親族からは妬まれるおそれもあります。経営者が従業員を後継者に選ぶのであれば、事前に経営者の親族に説明しておくほか、親族からバックアップを得られるように十分根回しをしておく必要があります。

資金調達とMBO・EBO

経営者が自身の子どもに事業を承継する場合、自社株式を子どもに贈与したり、相続させたりするのが一般的です。これに対して、従業員承継では基本的に後継者となる役員や従業員が自社株式を有償で買い取る方法となります。ところが、自社株式の譲渡価額に対して、役員や従業員が株式を買い取るだけの資力を持っていないケースも生じがちです。

このような場合、株式の取得資金を金融機関から調達することを目的に、MBO(Management Buy-Out)を用いた役員による株式取得、もしくはEBO(Employee Buy-Out)を利用した従業員による株式取得も承継方法の一つとして挙げられます。また、ベンチャーキャピタルやファンドから資金が拠出されるケースもあります。

その他、経営承継円滑化法という法律により、日本政策金融公庫が後継者個人に対して融資を行う制度もあります。

株式の分散防止

親族、親族外のどちらの承継であっても、安定した会社運営のためには、株式を分散防止する必要があります。ところが、法定相続人が複数いるような場合、各相続人が遺留分を主張して株式が分散してしまうおそれがあります。

遺留分とは、法定相続人が最低限相続できる財産として民法で定められている割合を指します。例えば、目ぼしい相続財産が自社株式しかない場合、後継者にすべての自社株式を贈与しても、後に他の相続人が遺留分減殺請求を行うと、後継者は結局、自社株式を手放さざるを得なくなります。

このような課題をなくすため、経営承継円滑化法では、民法の特例として自社株式を遺留分から除外する旨の合意を認めています。これを「除外合意」といいます。除外合意は後継者が親族以外の者であっても適用されるため、従業員承継における株式の分散防止策として活用できます。

債務・保証・担保の承継

従業員承継を行う場合、経営者の個人保証の引き継ぎが問題になるケースがあります。個人保証を後継者がそのまま引き継ぐという選択肢もありますが、後継者の資力によってはそれも難しい場合があります。このような場合、債務整理や経営者保証ガイドラインを活用することにより、関係者間の利害を調整して解決を図る方法が考えられます。

経営者保証ガイドラインは、事業承継における保証の引き継ぎにおいて、経営者保証が足かせとなることを防ぐためのルールを示したものです。事業承継時において一定の対応をとる経営者に対しては、金融機関側も経営者保証の解除を検討するなどの対応が求められます。

まとめ

以上のように、従業員承継にはクリアすべき課題が多く存在します。それでもなお、後継者不足が叫ばれる中小企業において従業員承継は重要な選択肢の一つといえます。事業承継を円滑化する制度をうまく活用しながら課題を克服していくことが事業承継の際のポイントといえるでしょう。(提供:みらい経営者 ONLINE


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