多くの日本人が知らない…本土から船で丸一日「あまりに遠すぎる小笠原」の生物種がめちゃくちゃ貴重なワケ

種の起源や進化、繁殖、生物多様性などについて研究を行う「進化生物学」。気の遠くなるような長大な時間の経過のなかで、今日の多様な生物世界にいたるまでのさまざまな変化を読み解く、興味深い学問です。

そうした「進化生物学」の醍醐味を描いた一連のエッセイ的な作品をご紹介していきましょう。

今回は、日本の「ある離島」にやってきた海外研究者による講演を通して、著者が共感する「島という環境で研究する重要性と醍醐味」について語ります。

*本記事は、ブルーバックス『進化のからくり 現代のダーウィンたちの物語』を再構成・再編集してお届けします。

ダーウィンの島

「皆さんは“島”と聞いて何を思い浮かべますか」

ギレスピー博士の講義は、聴衆へのそんな問いかけから始まった。講堂のスクリーンには、逆巻く波に挑むサーファーの姿が映し出される。

「南国の青い海? それとも風に椰子の葉がそよぐリゾート?」

画面が切り替わり、次にスクリーンに映し出されたのは、とある人物の古めかしい肖像画だった。

「私の場合、それは“進化”です」

カリフォルニア大学・バークレー校で教授を務めるローズマリー・ギレスピー(Rosemary Gillespie)博士は、島嶼生物学(島に棲む生物の生態や進化の研究)の世界的な第一人者だ。

また彼女は、米国の小・中・高校生やマイノリティに対する科学の普及活動でも著名である。彼女の講義は、バークレー校の学生たちに大人気で、教室にはいつも立ち見が出るほどだ。だがその日の講義は、聴衆が熱心に耳を傾ける、という点を除いて、いつもと様子が少し違っていた。

ギレスピー博士はスクリーン上の肖像画に、レーザーポインタの赤い点を合わせ、聴衆に向かってこう尋ねた。

「この人が誰かわかる人はいますか」

聴衆の一人が、さっと手を挙げる。

「チャールズ・ダーウィン!」

ギレスピー博士は微笑み、「エクセレント! 正解です」。そしてこう続けた。

「ダーウィンは十九世紀、ガラパゴス諸島の生物の観察から、進化のヒントを得ました」

画面が切り替わり、別の人物の肖像画が現れた。

「こちらはアルフレッド・ウォレス。マレー諸島での観察から、ダーウィンと同時期に進化の考えにたどり着きました」

スクリーンには、太平洋に浮かぶガラパゴス諸島の地図と、東南アジアのマレー諸島の地図が、並んで映し出された。

「島は進化のアイデアの源なのです」

ただし、とギレスピー博士は付け加える。

「ダーウィンを導いた島とウォレスを導いた島は、タイプが違います。ガラパゴスは大陸と一度も陸続きになったことのない火山島、一方、マレー諸島はかつての大陸の一部が、分離してできた島です。そこで起きる進化も性質が違います」

ギレスピー博士の注目は前者、“ダーウィンの島”だ。スクリーン上には、一枚の図が浮かび上がった(図7-1)。二本の曲線ーー右上がりと右下がりの曲線が、図の中央で交差している。

「これは一つの島に棲む生物の種の数が、どんな仕組みで決まるかを示した図です」

横軸は種数。右下がりの曲線は、種数と移住率(一定期間、例えば一年間に大陸からその島に移住する種の数)の関係、右上がりの曲線は、種数と絶滅率(その間に島で絶滅した種の数)の関係を意味する。二つの曲線の交点にあたる種数が、島に棲む生物の種数になる。生態学者ロバート・マッカーサー(Robert H. MacArthur)とエドワード・ウィルソン(Edward O. Wilson)が提唱したモデルだ。

「島では移住率と絶滅率のバランスで種数が決まります。では大陸から離れた位置にあり、あまり移住が起きない島ではどうでしょう」

するとスクリーン上の図の右下がりの曲線の下側に、破線でもう一本、右下がりの曲線が現れた。移住率が低い場合の種数との関係を示す曲線である。この曲線上では、交点の位置がずっと左にずれる。種数が減るのである。

【グラフ】移住率と絶滅率のバランス移住率と絶滅率のバランスで島の種数(矢印がさす交点)が決まる。破線は大陸から遠い島の移住率(MaoArthur&Wilson 1967 を改変)

これは、大陸から遠く隔てられ、めったに移住が起きない島には、ほとんど種がいないことを意味する。だが実際にはそんな島ーー例えばガラパゴスにも多くの種がいる。なぜならこの場合、移住の代わりに種分化が種を増やすからだ。一方、大陸からの移住者がたくさんいる島では、この種分化の効果は妨げられている。

「ダーウィンの島では、ひとつの祖先種から、姿形や生き方を異にするたくさんの種が分かれて進化します。この現象を適応放散と呼びます」

スクリーンには、嘴の形が様々に異なる鳥たちーーガラパゴスのダーウィンフィンチのイラストが映し出された。

「ダーウィンの島は、生物の多様さがどう進化するのかを知るための、素晴らしい自然の実験室です」

ギレスピー博士の研究の舞台は、太平洋に浮かぶもう一つの巨大なダーウィンの島ーーハワイ諸島である。そしてスクリーンに浮かび上がる動物は、細くくびれた体に八本の足。

「世界中でハワイだけに住むクモ。これが私の研究です」

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