シンカー:日本経済はデフレ完全脱却までの中長期的トレンドの半ばにいる。信用サイクルと設備投資サイクルの強さがデフレ完全脱却への動きを支えている。企業活動の活性化と財政政策の緩和でネットの資金需要が復活し、それをマネタイズして働くことになる金融緩和の効果も強くなり、マネーが循環・拡大する力としてのリフレサイクルも強くなるだろう。デフレ完全脱却に至る内需とマネー拡大の力をコンセンサスより強く見ている。新型コロナウィルスの影響が年前半に小さくなると仮定すれば、年初の政府の経済対策と日銀の緩和的な金融政策などに支えられて2020年は景気拡大を維持し、グローバルな景気回復が堅調となる2021年には実質GDP成長率が潜在成長率をしっかり上回ることで、デフレ完全脱却となるだろう。外需の成長寄与度はほとんどなく、内需拡大が成長を自立的に牽引するだろう。新型コロナウィルスの蔓延は、グローバルに需要の停滞だけではなく、サプライチェーンの棄損につながっているようだ。この問題の終息後は、雇用・所得の破壊と金融システム不安につながっていないため、、ペントアップが出る形で、需要は早く回復する可能性がある。一方、サプライチェーンを含めた供給の回復は、米中貿易紛争の余波も含め、グローバル生産体制のリスクの見直しと改変が進行するため、需要よりも遅い可能性がある。そうなると、供給対比での需要の強さが生まれ、グローバルの物価動向はデフレよりもインフレへの方向性も持つ可能性がある。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

物価 - 労働需給逼迫と需要超過が押し上げに

コスト面からみた物価上昇圧力は着実に高まっている。労働需給の逼迫などによる総賃金の拡大による実質賃金の拡大が、消費の回復を強くしていくだろう。労働参加率の上昇の鈍化による労働供給の拡大の鈍化が賃金上昇が加速するだろう。潜在成長率を上回るトレンドの継続は需給ギャップを更に拡大し、需要超過が物価を強く押し上げ始めるだろう。2020年末にはコア消費者物価指数(生鮮食品を除く)は前年比1%を上回るだろう。2021年末までには、企業貯蓄率がマイナスの正常な状態に戻り、過剰貯蓄が総需要を破壊しなくなり、政府がデフレ完全脱却宣言をすることになるだろう。2%の物価目標達成は、実際の物価上昇がインフレ期待を押し上げ、それが更に物価上昇を強くするサイクルが必要となり遅れて2022年頃となろう。

新型コロナウィルスの蔓延は、グローバルに需要の停滞だけではなく、サプライチェーンの棄損につながっているようだ。年前半までにこの問題が終息に向かうと仮定する。その後は、雇用・所得の破壊と金融システム不安につながっていないため、、ペントアップが出る形で、需要は早く回復する可能性がある。各国の経済対策の効果も需要の下支えとなろう。一方、サプライチェーンを含めた供給の回復は、米中貿易紛争の余波も含め、グローバル生産体制のリスクの見直しと改変が進行するため、需要よりも遅い可能性がある。また、安定した供給体制に対するプレミアム上昇や、危機管理の在庫増加がみられるかもしれない。そうなると、供給対比での需要の強さが生まれ、グローバルの物価動向はデフレよりもインフレへの方向性も持つ可能性がある。新型コロナウィルスの問題が終息に向かっても、物価上昇が弱いという前の経済状況からは変化が生じるかもしれない。

更に、価格を引き上げて販売数量に下押し圧力がかかても、価格弾力性を考慮しながら、値上げで利益を確保する動きも加速するだろう。総賃金はしっかりとした拡大が始まっており、新たな付加価値を生み出しながらの値上げが販売数量を減少させる弾力性は過去より低下しているという自信が、企業にも徐々に生まれるとみられる。物価下落要因は、エネルギーや通信 、教育無償化や消費税率引き上げ分を値下げでオフセットする動きなどのテクニカルなものが多く、上昇要因が需要超過とコスト増の基調の動きのものが多くなってきている。テクニカルな要因で物価上昇圧力は見えにくくなっているが、徐々に強さを増しているのは事実だろう。これまでの物価上昇率がテクニカルな理由で弱ければ弱いほど、今後は逆に強くなり、就業率の上昇ペースの鈍化が人手不足感を更に強くし、価格弾力性を考慮した企業の価格戦略も広がることもあり、堅調な消費需要を背景に、期待インフレ率の上昇とともないながら、年後半には1%を上回る水準に上昇率が加速していく可能性は十分にあると考える。マーケットは物価上昇が弱いという先入観があるが、年後半の想定以上の物価上昇ペースに注意が必要になるだろう。

潜在成長率 - 雇用から資本へのバトンタッチ

潜在成長率はアベノミクス前の+0.8%程度から+1.0%程度へ上昇した。政策や円安による短期的回復だけではなく、構造的回復が進行しつつある。労働投入量の寄与度が - 0.1%から+0.3%へ改善し、アベノミクスの成長戦略の柱である女性・高齢者・若年層の雇用拡大が進行し、少子高齢化による長期低迷からの脱却を示す。深刻な雇用不足感による効率化・省力化の必要性、コスト削減が限界になる中で過去最高水準の売上高経常利益率を維持するために新商品・サービスの開発で売上を増加させる必要性が企業の投資行動を刺激し、資本投入量の押し上げが更に強くなるだろう。最終的に、投資活動とイノベーションで全要素生産性が大きく押し上げられれば、人口減少でも成長を続けることができるようになる。

金融政策 - 現行の金融緩和の枠組みを粘り強く維持

グローバルな景気持ち直しのシナリオを維持しながら、金融緩和効果の自律的な拡大が、2%の物価目標の達成へのモメンタムを強くするまで、フォワードガイダンスの下、日銀は辛抱強く緩和バイアスを維持しようとするだろう。目先の追加金融緩和はないと予想する。企業活動の活性化と財政政策の緩和でネットの資金需要が復活すれば、それをマネタイズして働くことになる金融緩和の効果も強くなるとみられる。2%の物価目標は政府・日銀の共同のものであり、変更される可能性は極めて小さい。2021年の政府のデフレ完全脱却宣言のタイミングで長期金利の誘導目標の引き上げを始めるだろう。短期の政策金利をプラスに戻し緩和から脱却するのは、物価目標達成後の2022年となろう。

財政政策 - 引き締めから緩和へ転換し、ポリシーミックスの形に

基礎的財政収支黒字化目標は2020年度から2025年度へ先送りされ、安倍首相の自民党総裁の任期末の2021年までの制約はない。財政政策は、任期内のデフレ完全脱却のための経済活性化策と防災・インフラ整備を中心に、攻めの緩和へ転じるだろう。企業貯蓄率と財政収支の合計であるネットの資金需要はまだ消滅していて、マネーの循環・拡大する力、総賃金拡大の力としてのリフレサイクルはまだ弱い。財政政策の緩和と、企業活動の回復による企業貯蓄率の低下でネットの資金需要が復活し、リフレサイクルが強くなるだろう。年初の経済対策の効果が想定より小さければ、秋と来年初に追加で実施し、2020年の実質GDP成長率が潜在成長率を大きく下回ることを避けるだろう。好調な経済状況を反映し、安倍内閣の支持率は高水準を維持し、政治は安定を続けるだろう。安倍首相は政治的求心力を維持するため、ぎりぎりまで続投を明言しないだろう。

図)ネットの資金需要

図)ネットの資金需要
(画像=内閣府、日銀、SG)

金利と為替 - 内需主導の成長は円安の力

名目GDPと総賃金を縮小から拡大に転じさせたのが、アベノミクスの最大の成果だ。名目GDP成長率が長期金利を持続的に上回るのはバブル期以来である。長期実質金利はマイナスとなっている。拡張する力が抑制する力を上回り、デフレによる縮小均衡から、リフレによる拡大均衡に変化してきた。日銀の金融緩和の枠組みもあり、この拡大均衡の形はデフレ完全脱却まで継続するだろう。実質GDP成長率が内需主導の自律的な形となり、過剰貯蓄の解消などにより国際経常収支の黒字額が縮小していくことで、円安の力が生まれるだろう。ネットの資金需要がまだ弱いことは、財政ファイナンスが困難化して金利が急騰するリスクは極めて小さいことを示す。デフレ完全脱却への動きを織り込みきれていない超長期金利は上昇するだろう。

図)名目GDP成長率と長期金利

図)名目GDP成長率と長期金利
(画像=内閣府、Bloomberg、SG)

リスク - 内需拡大で支えきれないほどの輸出環境の底割れ

海外経済が極めて低調で輸出環境が減速から底割れに悪化すれば、内需拡大では支えきれず、景気後退のリスクが大きくなる。財政政策の緩和が弱く、ネットの資金需要が復活できなければ、日銀への負荷が増し、金融緩和の副作用が大きくなるリスクを高める。一方、財政政策と金融政策の予想を上回る効果、そして構造改革の進展などにより、企業がデレバレッジからリレバレッジに早期に転じれば(異常であったプラスの企業貯蓄率がマイナス化)、デフレ完全脱却が早まるアップサイド・ポテンシャルとなる。新型コロナウィルスの影響が長引けば、東京オリンピックを含め、外国人観光客の減少が成長率を更に押し下げるリスクとなる。

表)日本経済見通し

日本経済見通し
(画像=SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司